東京にオフィスを構えたい——そう考える企業が、ここ数年で目に見えて増えています。地方に本社を置く企業の東京オフィス移転だけでなく、都内で手狭になったオフィスからの移転、あるいはリモートワーク中心だった企業が改めて拠点を構え直すケースまで、理由はさまざまです。
この記事では、東京オフィス移転のメリットから、エリアごとの立地特性、最新のマーケット動向、さらにはAIが今後のオフィス需要にどう影響するかまで、幅広く掘り下げていきます。これから東京への移転を検討される方は、ぜひ判断材料のひとつにしてください。
なぜ今、東京にオフィスを移転する企業が増えているのか

東京への本社移転や支店開設が増えている背景には、単なる「東京志向」ではなく、具体的なビジネス上の理由があります。大きく分けると「人材」「取引機会」「ブランド」の3つです。
人材の量と質が圧倒的に違う
東京は日本最大の労働市場です。ITエンジニア、デザイナー、マーケター、グローバル人材——特定のスキルを持つ人を採用しようとすると、地方では母集団が限られます。東京にオフィスを移転するだけで、応募数が数倍に跳ね上がるケースは珍しくありません。
新卒採用でも同様です。東京には有名大学が集中しており、就職活動の「地の利」は明らかです。地方の優秀な学生にとっても「東京で働ける」こと自体が動機になり得るため、採用の幅が一気に広がります。
加えて、既存社員のリテンション(定着)にも効果があります。キャリアの選択肢が多い東京で働けることは、社員にとって安心材料になるからです。
商談とネットワークが生まれやすい
国内の大手企業の本社は、依然として東京に集中しています。取引先との打ち合わせ、業界イベントへの参加、金融機関との折衝——こうした「人と会う」仕事において、東京に拠点がある企業とない企業では、動きの速さがまるで違います。
オンラインで完結する仕事も増えましたが、重要な商談やパートナーシップの構築は、やはり対面の比重が大きいのが実情です。「近いから会いましょう」が自然に生まれる環境は、ビジネス上の大きなアドバンテージです。
「東京に拠点がある」という信用
合理的かどうかはさておき、「東京にオフィスがある」というだけで、取引先や顧客からの信頼感が変わる場面は実際にあります。特にBtoBの新規開拓では、企業の所在地が第一印象を左右することも少なくありません。
地方発の企業が全国展開を目指す際に、東京オフィス移転を「本気度の表明」として位置づけるケースも多く見られます。メディアからの取材やプレスリリースの波及力も、東京に拠点があるほうが高まりやすい傾向があります。
2026年・東京オフィスマーケットの最新動向
では、実際に今の東京オフィス市場はどのような状況なのでしょうか。移転を検討するなら、マーケットの「温度感」を知っておくことは不可欠です。
空室率2%台——極めてタイトな需給
三鬼商事の調査によると、2026年2月時点の東京都心5区(千代田・中央・港・新宿・渋谷)のオフィス空室率は2.08%です。一般的に空室率5%が需給の均衡ラインとされる中、2%台は「借り手にとって選択肢が限られる」タイトな状態を意味します。
平均賃料は坪あたり34,125円(同月)。コロナ禍で一時的に上昇した空室率は急速に低下し、賃料も再び上昇基調にあります。好立地の物件ほど空きが出にくく、東京オフィス移転を検討しているなら早めの情報収集が重要です。
大型再開発が相次ぐ——東京の「更新」が加速中
東京ではいま、複数の大規模再開発が同時に進行しています。主なプロジェクトを挙げると:
- 虎ノ門アルセアタワー(港区・地上38階)——2025年竣工。虎ノ門ヒルズエリアの国際ビジネス拠点
- 渋谷駅周辺の大規模再開発——「100年に一度」と言われる大改造が進行中。渋谷サクラステージなど複数のプロジェクトが順次完成
- 新宿・明治安田生命ビル建替(地上23階)——2026年竣工予定。西新宿エリアの再活性化を牽引
- TOKYO TORCH(常盤橋プロジェクト)——高さ約390m、完成すれば日本一の超高層ビル。2028年度竣工予定
- 日本橋一丁目中地区再開発(高さ約284m)——2026年竣工予定。日本橋エリアの新たなランドマーク
これらの再開発は、単にビルが新しくなるだけではありません。周辺のインフラ整備、商業施設の充実、街全体の回遊性の向上を伴うため、オフィス移転先としてのエリア価値が底上げされます。つまり、今の東京は「どこにオフィスを置くか」の選択肢自体が、数年前とは大きく変わりつつあるということです。
東京オフィス移転——エリア別の立地戦略
東京と一口に言っても、エリアによってオフィスの性格はまったく異なります。自社の業種や事業戦略に合ったエリア選びが、移転の成否を分けます。
丸の内・大手町——日本経済の中枢
金融機関、総合商社、大手コンサルティングファームが集まるこのエリアは、日本のビジネスの「ど真ん中」です。東京駅に隣接しているため、国内外からのアクセスも抜群。取引先が大手企業中心の業種にとっては、ここに拠点があること自体が名刺代わりになります。
賃料は都内最高水準ですが、企業としての信用や商談の効率を考えると、コストに見合う価値があると判断する企業も多いエリアです。
渋谷・品川——IT・テック企業の集積地
渋谷は「ビットバレー」と呼ばれた時代から、IT企業が集まる街として知られています。Google、サイバーエージェント、DeNAなど、名だたるテック企業が拠点を構えており、この業界で働く人材にとって「渋谷勤務」は求人の訴求力になります。
品川は新幹線の停車駅であり、関西・名古屋方面へのアクセスに優れています。リニア中央新幹線の始発駅としても予定されており、今後さらにポテンシャルが高まるエリアです。
池袋・五反田——コスパの良い新興ビジネスエリア
主要ビジネス街に比べて賃料が手頃なこの2エリアは、スタートアップや成長フェーズの企業に人気があります。池袋は埼玉方面からの通勤に便利で、五反田はIT企業の集積が近年急速に進んでいます。
「丸の内や渋谷はまだ早いけれど、東京にオフィスを移転したい」——そんな企業にとって、現実的で堅実な選択肢です。
東京オフィス移転の進出パターン——本社移転・支社・サテライト
東京への進出にはいくつかのパターンがあり、自社のフェーズや目的に応じて選ぶことが大切です。
本社機能の完全移転
経営層を含む本社機能をまるごと東京に移すパターンです。意思決定のスピードが上がり、取引先や金融機関との距離も縮まるため、事業の成長を一気に加速させたい企業に適しています。
ただし、社員の異動や既存取引先との関係維持など、移転に伴う課題も大きくなります。段階的に機能を移すのか、一度に移転するのか、計画の精度が問われます。
営業拠点としての支社設置
本社は現在の場所に残しつつ、営業や企画の機能に特化した支社を東京に置くパターンです。リスクを抑えながら東京オフィス移転のメリットを享受できるため、最も現実的な選択として多くの企業が採用しています。
社員の移住負担も最小限に抑えられるため、組織への影響も比較的小さく済みます。
サテライトオフィス・シェアオフィスの活用
初期投資を最小限に抑えて東京に拠点を持ちたい場合、コワーキングスペースやシェアオフィスの活用が有効です。月単位で契約できるため、まずは東京での事業活動を小さく始め、手応えを確かめてから本格的なオフィスを検討する、というステップが踏めます。
出張時の拠点としても使えるため、固定費を抑えながら東京との接点を維持できる点がメリットです。
AIの進化がオフィス需要に与える影響
東京オフィス移転を検討するうえで、もうひとつ押さえておきたいテーマがあります。AIの急速な進化が、今後のオフィスのあり方をどう変えるか、という問題です。
テック大手の人員削減と「AI時代の採用」
2024年から2025年にかけて、テック大手の人員削減が相次ぎました。Metaは約3,600人、Microsoftは約15,000人規模のレイオフを実施。Googleも複数の部門で人員整理を進めています。各社ともAIへの投資を拡大する一方で、従来の業務を担っていたポジションを縮小する動きが鮮明になっています。
OpenAIのサム・アルトマンCEOは、一部の企業がレイオフの理由にAIを持ち出していることについて「AI washing(AIを口実にした人員削減)」と指摘しています。つまり、AIが直接の原因ではないケースも含まれているということですが、逆に言えば、「AIによる業務効率化」が経営判断の正当化に使われるほど、企業側の意識が変わっているということでもあります。
世界経済フォーラム(WEF)の調査では、主要企業の41%が2030年までにAI導入に伴う人員削減を計画していると回答しています。一方で、エール大学の研究(Yale Budget Lab)では、現時点でAIが労働市場に有意な変化をもたらしたという統計的な証拠は見つかっていない、とも報告されています。
「オフィス不要論」は正しいのか
AIが業務を代替し、リモートワークがさらに進めば、物理的なオフィスは要らなくなるのでは——そんな議論は確かにあります。そして、長期的に見れば、その方向に動く業種も出てくるでしょう。
しかし、現時点ではまだ「オフィスが不要になった」とは言い切れません。理由はいくつかあります。
- 対面のコミュニケーションが不可欠な業務は依然として多い。営業、クリエイティブ、マネジメントなど、人と人の関係性がビジネスの根幹にある領域では、物理的な拠点の価値は簡単にはなくなりません。
- チームの一体感や企業文化の醸成は、リモートだけでは難しい。特に若手の育成やオンボーディングにおいて、オフィスでの日常的な接点が持つ意味は大きいとされています。
- 業種によるばらつきが非常に大きい。製造業、医療、建設、対面サービスなど、オフィスどころか現場が不可欠な業種は多く、「全業種でオフィスが不要になる」というシナリオは現実的ではありません。
つまり、AIの進化はオフィスの「使い方」を変えていくことは間違いありませんが、「要るか要らないか」は業種・業態・企業のフェーズによってまったく異なります。安易に「もうオフィスは要らない」と判断するのは、むしろリスクになり得ます。
東京オフィス移転で注意すべきポイント
メリットだけを見て動くと、思わぬコストや摩擦が生じます。事前に押さえておくべき課題を整理しておきましょう。
コストの現実を把握する
東京のオフィス賃料は地方の数倍になることも珍しくありません。先述の通り、都心5区の平均賃料は坪34,125円。20坪のオフィスでも月額約68万円です。これに加えて敷金(通常6〜12ヶ月分)、内装工事費、什器・備品の購入費などの初期コストがかかります。
対策としては、前述のサテライトオフィスやシェアオフィスの活用、新興エリアの選定、フリーアドレス制の導入による面積の最適化などが考えられます。自治体の補助金制度を活用できるケースもあるため、事前に確認しておくとよいでしょう。
社員の通勤・生活への影響
東京の通勤ラッシュは、地方から来た社員にとって大きなストレスになり得ます。時差出勤やフレックスタイム制、リモートワークとのハイブリッド勤務を組み合わせることで、負担を軽減する工夫が必要です。
オフィスの立地選びにおいても、複数路線が利用可能な駅の近くを選ぶことで、社員の通勤の選択肢を広げることができます。
既存の取引先・顧客との関係
地方から東京にオフィスを移転する場合、これまでの取引先との距離が物理的に離れることになります。移転前に丁寧に説明し、オンラインでのコミュニケーション体制を整えておくことが重要です。必要に応じて地方拠点を一部残すことも検討すべきでしょう。
まとめ——東京オフィス移転は「タイミング」と「選び方」
東京にオフィスを移転するメリットは、人材・商談機会・ブランド力の面で依然として大きいものがあります。2026年現在、空室率2%台というタイトなマーケット環境を考えると、条件の良い物件を確保するには早めの動き出しが不可欠です。
一方で、AIの進化によって働き方やオフィスの役割が変わりつつあるのも事実です。「とりあえず広いオフィスを借りる」時代ではなく、自社にとっての最適な規模・立地・使い方を見極めることが、これまで以上に重要になっています。
東京オフィス移転を成功させるには、まず情報収集から。エリアごとの物件情報や市場動向を押さえたうえで、自社に合った一手を選びましょう。